ソーニャとキエフ 第1話 おかえりなさい、広島へ



 ぼくの中には、日本人にとって敵国民の血が半分も流れている。4分の1は朝鮮人、4分の1はロシア人。
 ぼくは日本にいてもいいのかな、どこか別の国へ、出ていった方がいいのかな。
 ふつうの日本人、純粋な日本人というものが存在するのなら、ぼくはどうすれば、日本人になれるのだろう。

 学校でいじめられ、男子たちに犯された、あの日の記憶が押し寄せてくる。
 悲鳴を上げるぼくを見ながら、楽しそうに笑っている女子たちの声も。「お前は障害児で、気違いで、人殺しのロシア人の仲間だ」という罵声も。

 ぼくは、この世にいない方がいいのかな。
 生まれてこなかった方が、よかったのかな。

 そしてぼくは今日も、カーテンを閉めた薄暗い部屋に引きこもる。スマホの向こうから見えてくるのは、戦場と化したウクライナの景色、ロシア軍の蛮行を伝える報道。

 ぼくは、どうしたらいいのか分からない。
 自分の命すらも。

 ぼくは、自分の生まれを呪っている。
 ソフィア・キムという、自分の名前すらも。



 読者のみなさま、朝鮮系ロシア人と日本人のハーフ、ソーニャことソフィア・キムの物語を語るまえに、まずこの物語がどういうものかを説明させていただきたい。この物語は4つの要素を含んでいます。障害者小説、教養小説、芸術家小説、宗教小説。言い換えれば発達、成長、表現、信頼というキーワードで表すこともできましょう。


 絶望に打ちひしがれた発達障害児のソーニャという少女が、3年間の出会いと経験を通して、過去のトラウマとの折り合いをつけるとともに、「どのように」自己の才能を発達させ、「どのように」成長し、「どのように」フィルムカメラによって自己を表現し、そして「どのように」神と人間への信頼を育んでいくのか、ということがこの物語の主題となるでしょう。


 この3年間の物語を語り終えるのに、まさか7年か12年かの歳月はかかりますまいが、しかし凝り性の私は徹底的にかつ緻密にこの物語を綴るつもりです。重いテーマを漫画的なユーモアで書く、民衆のことばで書くということは、言うのは易しいが行うのは難しい骨の折れる作業であります、この物語が終わるまでに私は何回骨折するでしょうね?


 創造主アッラーの祝福により(筆者はイスラーム教徒です)、この物語が現代の苦しんでいる人々の道しるべとなり、悲しんでいる人の友となることを、さらには後世の人々への遺物とならんことを願います。なにしろこのソーニャという人物は、その生き方によって、後世に「模範」という財産を残すのでしょうから。


 それはさておき、ソーニャの誕生日は3月11日、ちょうど2011年に東日本大震災があった日のことでした。

 2025年に誕生日を迎えた日のことです、かつて凄惨極まるいじめを経験した彼女の心には恐ろしい非人間的な願いが渦巻いていました。


 (もし東京で大地震が起きれば、ぼくを踏みにじったあの連中も、ぼくを見捨てたあの友だちも、ぼくもろとも押し潰されてぺちゃんこになるんじゃないか。…いっそ津波で、ぼくも、あいつらも、みんな流されてしまえばいい。死んでしまえばいいんだ。あいつらさえ死んでくれるなら、いっそ、核戦争でもいいくらいだ)


 彼女は一日中スマホをいじってネットをする、あるいは黙々とネットゲームをするだけでした。現実でもネットでも友達はいません。母親は児童文学作家で、最新作の打ち合わせのために外に出向いていました。そして今日もまた、日没の時刻を迎えます。

 

 (どうして神さまは、ぼくに何の能力も与えてくれなかったのだろう?どうして、よりにもよって、発達障害者なんかに、生まれてきてしまったんだろう?…いや、ぼくは神さまの失敗作なんだ…)


 彼女には生まれつき軽度の発達障害があり、コミュニケーション能力に問題があって、人付き合いも得意ではありませんでした。これも発達障害を持つ人にはよくあることですが、自分の興味のある話題を一方的にまくし立てるので、ことばの受け答えが成立しなかったのです。小学校でも中学校でも奇怪な言行のせいで変な奴だと蔑まれ、しかも日本では快く思われていない北の朝鮮人の血を引き、それでいて外見はロシア人の銀髪とエメラルドグリーンの瞳という風貌、そしてソフィア・キムという名前、女の子なのにぼくという一人称、背の低さ、彼女の全人格は嘲笑の的になっていたのでした。饒舌だったソーニャも学級が上がるごとに口を閉ざすようになっていきました。


 2022年2月24日の木曜日にロシアが特別軍事作戦を開始し、ウクライナ戦争が勃発するや、彼女の中に流れているもうひとつの4分の1が、さらなる悲劇をもたらしました。ロシア人であるということ、そして今もロシア国籍であるということです。

 もともといじめられていた彼女に対する攻撃は、翌日にはさらに酷くなりました。土日を挟んで、一日、二日とエスカレートしていきました。


 ですが彼女の母親、キム浪江(なみえ)は、「逃げることを覚えさせたくない」という考え方から、彼女を学校へ通わせ続けました。浪江もまた、娘の発達障害が原因でママ友から言われなき批難を受けて、疲れていました。だからこそ娘の将来と人生を案じて、学校へ通わせ続けたのです。

 ですが金曜日には、娘が性的暴行を受けるという、恐るべき事態に直面したのです、浪江ももはや、警察に被害届を出すことしか、なすすべがありませんでした。そしてソーニャもまた、学校をやめ、以降3年に渡り引きこもることになるのです。


 玄関のカギが開き、

 「ただいま」

 ソーニャの母、浪江は帰ってくるなり、ソーニャの部屋の扉をノックしました。

 「なに?お母さん」

 「ソーニャ?…あのね、今日はソーニャに、お誕生日のプレゼントがあるんだ。ドアの前に、置いておくからね」

 そう言って少し大きめのものを扉の前に置いて、居間へと入って行きました。


 (お誕生日?誕生日だって?ぼくにとってはあってないようなものだ…ぼくにとっては、つらいものでしかない)


 ソーニャは母である浪江にも強い反感を抱いていました。お母さんが学校に無理に行かせたから、自分はこんな酷い目に遭ったのだ、なのに今更お誕生日プレゼントでご機嫌とり?と思ったのです。放ったらかしにすることも考えましたが、しばらく考えて、受け取ることにしました。


(プレゼントを受け取るのは、23時になってからにしよう。お母さんが寝静まってからにしよう)


 ソーニャはそう決めると、電灯(ライト)のついた勉強机で、またスマホをいじりだしました。外では雨音と、ときどき車の音が聞こえるだけ。




 ソーニャは憂鬱な気分で23時ぴったりを迎えると、部屋の扉を少しだけ開いて、床に置いてあった浪江からの誕生日プレゼントを受け取りました。しかしソーニャは何も期待していませんでした、繰り返しになりますが、どんなにいじめられても、学校から「逃げる」ことを認めてくれなかった母親に、不信感を抱いていたのです。扉を閉めて、椅子に座り、電灯(ライト)の点いた勉強机の上で、包装紙の封を切りました。

 「これは…?」

 中から出てきたのは一冊の本。「広島のまちの何気ない風景」というタイトルのソフトカバーの本で、表紙には青空を真ん中に、広島の街の写真が飾られていました。3年の間、青空というものを見たことがないソーニャにとっては、鮮明な空の写真が新鮮な空気を運んでくるように感じられたのです。

 「さわたり、ふう」
 ソーニャはその本の著者の写真家の名前を小声で出して、
 「変わった名前だなあ…「かえで」じゃないんだ、「ふう」なんだ…ぼくの非日本的な名前よりはましか…」
 とつぶやき、
 「まあ、お母さんが…プレゼントだというのなら」
 ソーニャは勉強机で本を読み始めました。

 ソーニャがふとスマホの時間を確認すると、すでに真夜中の2時を回っていました。彼女は3時間もの間、沢渡楓という女性の写真家の風景写真集を、食い入るように読んでいたのです。まさに時を忘れて、写真集の中の世界にのめり込んでいたのでした。
 広島市内の本当に何気ない風景、観光名所でもない普通の場所、街なかの古い商店、建物と建物の間から見える大きな空。そして、南区で撮ったという、黄金山という山の写真。
 5年前にソーニャの父、ウラジーミル・キムが亡くなるまで、頻繁に通っていた、浪江の実家がある広島のまちの記憶が、凄まじい勢いの波濤のように押し寄せてきました、そして、

 「そうだ、お父さんの…キエフ!キエフのカメラだ!」
 と叫んだのでした。

 ソーニャの父親ウラジーミル・キムは生前、フィルムカメラと写真をこよなく愛し、特に旧ソビエト連邦製の「キエフ」のカメラを、娘の前で愛おしそうに撫でていました。ウラジーミルは娘に、小学生には理解できないようなカメラのうんちくを語り、そしてキエフを渡してシャッターを切らせていたのでした。

 浪江の実家があるのは、広島市内にある向洋(むかいなだ)という、閑静な住宅地です。ウラジーミルは浪江の実家に帰省するたびに、ソーニャと、ソーニャの3人の幼なじみを引き連れて散歩をしていました。特に向洋の住宅地から団地の方へ登る大きな坂を登って、遠くに見える仁保(にほ)の黄金山を眺め、そしてキエフのカメラで写真を撮っていました。この町と、黄金山が大好きだから、と言いながら。

 ソーニャの脳裏に押し寄せる記憶は、悲惨極まるいじめの記憶ではなく、優しい父親と、3人の幼なじみの想い出でした。

 「お父さんに会いたい…まーやんや、やまとんに、まりんちゃんに、会いたい…みんな、どうしているんだろう」

 気がつけば、ソーニャの目にはとめどなく涙が溢れ、前も見えない状態でした。服の袖で涙を拭うと、目の前の写真集のページはびしょびしょに濡れていました。

 結局ソーニャが寝たのは4時ごろになってからで…実際には夜中の3時に就寝したのですが、興奮のあまり寝付けませんでした。起きたのは3月12日の10時になってからでした。

 ソーニャが部屋の外に出るのは浪江が仕事の件で外出しているときだけで、浪江が作った料理を電子レンジで温めて軽い食事をするだけでしたが、今日は浪江が居間に居ると分かっていて、久しぶりに部屋を出ました。

 浪江は居間のダイニングテーブルのパソコンで、児童文学の執筆中です。創作ノートとパソコンとの間で交互ににらめっこしながら、腕を組んでうーんと唸っていました。居間の扉を開ける音にも、ソーニャがそこに居ることにも、しばらく気づいていませんでした。

 「ハッ!ご、ごめん、気づかなかった!…ソーニャ…昨日のプレゼントの本、読んでくれた?」
 ソーニャはうなずきました。
 「気に入って、もらえたかな」
 「うん…お母さん、ありがとう。あの本の、沢渡さんの写真、すごく良かった。広島のことを思い出した」
 「そう…よかった。ソーニャは、もう長いあいだ、空を見たことがないから、心配だったの。それで空の風景の写真集を本屋さんで探していたら、その本があった。それも広島のまちの本が」
 ソーニャの目はまだ涙で潤んでいました。
 「お母さん。…お父さんのキエフのカメラ。写真のアルバム。まだ、あったかな?」
 「ソーニャ…」
 「昔のことを、思い出したいんだ、忘れていた、忘れようとしていたことを」



 そうして2人は、収納スペースの奥にしまい込まれていた、プラスチックのケースふたつを取り出しました。ケースのひとつの中から出てきたのは、


 「これが、…キエフ…」

 ソーニャにとっては久しぶりに見たキエフのカメラ。どっしりとした重い質感。いかにも男らしい、メカメカしい外見。それはまさにソビエト連邦のカメラでした。


 ここで補足しておくと、そもそもキエフのカメラは第二次大戦の後、ドイツ東部を占領したソビエト連邦が、カメラの技術者を製造機械ごと連行して、ウクライナ・ソビエトのキエフ(ウクライナの首都キーウ)において製造させたことから、キエフという名前がついたものであります。ですから初期のキエフはドイツのコンタックスのコピー製品、というよりコンタックスそのまんまの製品でした。補足おしまい。


 それから、ネットのウェブサイトを印刷したとおぼしき、カメラの操作マニュアルもあり、5冊の写真アルバム、そしてもう片方のケースからは、フィルムカメラについての本や雑誌が敷き詰められておりました。


 「キエフ4型」

 「え?」

 「キエフ4っていう名前なのよ、このフィルムカメラ。1975年のね」

 「どうして、1975年のものだって分かるの?」

 浪江はにっこりと笑って、カメラに刻まれたシリアルナンバーをソーニャに見せました。


 「この製造番号…"7500792"の、最初の2桁が、製造された年を表しているの。…ソーニャがお父さんから聞かされていたうんちく、私も耳にタコができるほど、聞かされた。キエフだけじゃない、旧東ドイツのカメラの話とか、とにかく聞いたこともないカメラブランドのうんちくを、一方的に、夢中になって話すんだから…そうそう、ドイツのライカやローライの素晴らしさは分かるけど、猫も杓子もライカを愛用するようではつまらない、横並びになるのは日本人の悪い癖だって!愚痴をこぼしたこともあったわねぇ」

 「お父さんが、そんなことを?」

 「そうよ?あの人は、ご先祖さまは大変な目に遭ったみたいだけど…なんだかんだで、朝鮮人であること、ロシア人であることに、誇りを持っていたからね。旧ソビエトのカメラだって負けちゃいないんだぞ、恰好いいんだぞ、って。事あるごとに話していたからね。なにより、このカメラは…お父さんの、そのまたお父さんが使っていたカメラなの。ソーニャから見ればおじいちゃんね。このカメラは今まさに3代にわたって、あなたに受け継がれようとしているのね」

 「朝鮮人であること…ロシア人であること…」


 キエフのカメラの重みを感じていたとき、ソーニャは自分の奥底からふつふつと感情がこみ上げてくるのを感じていました。それは奇妙な感情…父ウラジーミルと友人たちとの想い出だけではなく、まるで、ロシアに生まれて日本にやってきた、ウラジーミルの短い生涯と、ソビエト連邦時代に苦労を経験した朝鮮人のご先祖さまの記憶と、ソーニャの記憶がリンクしたかのようでした。ソーニャが生まれる前の人々と、ソーニャ自身が、何か線によってつながっているような気がしたのです。

 ソビエト連邦で作られたこのキエフのカメラ…CCCP…キリル文字で「ソビエト社会主義共和国連邦」を意味するこの刻印、そして1975年に造られたことを示す刻印が、意識を過去へといざない、現在を生きている自分につながっている。この不思議な感覚はソーニャを捉えて離しませんでした。


 写真のアルバムの最初の一冊を開くと、ソーニャが浪江のお腹の中にいたときの写真。産まれた後の、0歳のソーニャの写真。向洋の町並みの写真、仁保の黄金山の写真。ソーニャと3人の友達が、一緒になって、肩を寄せ合ってうつっている写真が、次々と出てきました。

 5年前で一旦止まった時間が、自分の中で動き出す感覚。


 「ひろしまへ」

 「え?」

 ソーニャはほとんど無意識のうちに、ことばを漏らしていました。

 「広島へ、帰りたい。みんなに、会いたい」

 1分、間が空いて、

 「そうだね」

 浪江が大きく息を吸い込んで、吐き出しました。

 「帰ろう、広島に」


 ソーニャは浪江の顔をまじまじと見ました。

 「でも、お仕事は…」

 「今はリモートという便利な文明の利器があるのよ。日本全国どこでも仕事はできる、まして児童文学作家という職業ならなおさらよ」

 浪江の方もソーニャの目を見つめ返して、そしてゆっくりと抱きしめました。

 「ソーニャ、広島へ帰ろう。ソーニャだって、久しぶりに青い空を、見たいでしょう?外の空気を、吸いたいでしょう?」

 「…うん」


 浪江はソーニャを抱きしめたまま、語りかけます。さっきまでの明るめの声が、悲しげなトーンに変わりました。

 「ソーニャ、私は…あなたに逃げることを覚えさせたくない、あなたの将来のことを考えて、学校に行かせていたの」

 浪江の頬を涙が伝って、

 「あの時、もし学校から逃げさせていたら…あんな悲しいことは、起こらなかったはずなのに」

 その声も鼻の詰まった声に変わっていました。

 「お母さん…?」

 「結局は、ママ友の前で、自分の娘は普通の子なんだって、見せたいだけだった…私のエゴが…あなたの人生を…台無しに…」

 「お母さん、」泣き出した浪江の顔を見ながら、ことばに詰まって、「お母さんも、苦しんでいたんだ」

 「ごめんなさい…3年間、ずっと言えなかった…ごめんなさいのことばを、今日、言わせてね…」

 「…」


 春が近づき、雨が降る日に、まるで雪が溶けるように、ソーニャの心の中のわだかまりは溶けたのでした。浪江の涙はさながら雪解け水のようでした。ソーニャは罪障の意識に苦しんでいた母親の心を理解したのです。




 3月15日の土曜日。ソーニャと浪江の引っ越しは3月27日に決まりました。ソーニャはスマホをかざして、家中の写真を撮りました。


 (つらいこと、悲しいこともあったけれど、ここはぼくの生まれ育った家だ。せめて、ありがとうといいながら、記録に残そう)


 「ソーニャ、キエフのカメラは広島でメンテナンスに出すのね?」

 「うん、お父さんがよく行っていた、店を覚えているから。…このカメラにはお父さんの気持ちが宿っていると感じる。かつてのお父さんのように、このカメラを使いこなしたいんだ」


 さて、その日の夜のこと、ソーニャはかつての友達にスマホのアプリで、メッセージを送りました。


  ナナちゃん。

  ぼく、広島へ帰ることにきめたんだ

  もう東京には戻ってこないと思う

  さよなら、バイバイ


 3年間、ずっとやりとりしていなかった、メッセージ画面を見つめた後、ソーニャはアプリを閉じて就寝しました。

 (このメッセージを見たらナナちゃんはどう思うだろう。どうせなんとも思わないだろう。ぼくはどうせ、彼女にとって、いつでも切り捨てられる程度の存在に過ぎなかったんだから)


 目を閉じれば、聞こえてくるのは雨音。雨は万物にとって恵みの雨ですが、ソーニャには雨音が人が泣いている声に聞こえたのでした。


 翌日の16日、東京は雨が降っておりました。


 ソーニャは引っ越しのために、部屋の片付けをしていました。チャイムの音が鳴り、浪江が玄関に行って対応したのですが、

 「ソーニャ!ナナちゃんが来てくれたわ!すぐに玄関に来て!」

 と大声で叫びました。


 (一体何をしに来たのだろう?いまさら?)


 ソーニャは気が進まないまましぶしぶと玄関に向かうと、そこにいたのは3年ぶりに姿を見せた、ソーニャのかつての友だち、雨でずぶ濡れになったナナちゃんでした。彼女はソーニャがいじめを受けていたとき、見て見ぬふりをした人でした。


 「ソーニャちん…」

 「なにしに来たの、いまさら」

 「ソーニャちん!」

 突然、ナナちゃんは傘を放り投げてソーニャに抱きつきました。

 「わたし、あの学校、行くのやめたんだ!」


 ナナちゃんは激しく興奮した様子で、ソーニャは困惑しました。

 「わたし…自分がイジメのターゲットになるのが怖くて、見て見ぬふりをして…ソーニャちんを、見捨てちゃった…わたし…わたしは、そんな自分が嫌で、吐き気がするほど、嫌いになった!だから…学校を、やめたの!…今は、家で引きこもってる…高校にも進学しなかった…できなかった!人が、人間が、怖いから!」


 ナナちゃんは泣きじゃくって、強い力で、痛みを感じるほどに、ソーニャのからだを抱きしめていました。


 「いまさら赦してもらえないのは…分かってるけど…ごめんなさい…本当にごめんなさい!この3年間、ずっと自分のことが嫌いで…ずっと…ソーニャちんがどうなったのか不安で…」


 ナナちゃんのからだの温もりで、しかも雨に濡れていたから余計に、湿気と汗でソーニャのからだは熱くなっていきました。ソーニャは彼女の体温から、彼女が経験した、罪の意識にさいなまれるつらさが伝わってくるのを感じました。


 「それで昨日の夜になって…急にメッセージが届いて!いてもたってもいられなくなった!わたしは、どうしても謝りたかった!今日行かなかったら、ソーニャちんに会わなかったら…二度と会えなくなると思って…」


 「もういいよ」

 ソーニャはナナちゃんを抱きしめかえしました。「もういい、もういいんだ、ナナちゃん、ナナちゃんも苦しい思いをしてきたってこと…伝わってきたよ」

 「ソーニャちん…」

 「ぼくは忘れないよ、ナナちゃんがぼくを見捨てたことは…でも、赦すんだ。ぼくはナナちゃんのことを、…あいつらと同じくらい憎んでいた。でも、今日、ナナちゃんがずっとぼくのことを忘れずにいて、心配してくれていた、そのことを知ったから…それだけで、十分だ」

 「…」


 ふたりはそれから1分くらい抱きしめ合って、それからソーニャは、両手でナナちゃんの肩を持って、目を見ました。ナナちゃんの顔は涙でぐちゃぐちゃになっていました。

 「ナナちゃん」

 「…」

 「ぼくは、27日には、広島へ帰るんだ。…東京と広島、遠く離れていても、…ぼくの、友だちで、いてくれる?」

 「…うん!約束する…わたしは、ソーニャちんの…友だち…」

 ナナちゃんは泣きながら、たくさんの涙を流しながら、笑顔を見せました。


 「ソーニャ、久しぶりだね、笑ったの」

 「えっ?」

 浪江のことばにソーニャは素っ頓狂な声色で返事をしてしまいました。3年もの間、笑顔を見せたことがなかったソーニャが、笑っていたのです。

 「ソーニャの笑顔、本当に久しぶりで、私も嬉しい」

 「…」

 笑う、照れる、それはソーニャにとって久々の感情でした。




 3月24日の昼下がり、前日から気温が急に上がり、春が到来。ソーニャは引っ越しの日を目前に、片付けの作業に追われながら、その合間に、沢渡楓の風景写真集を読んだり、ネットで調べたりしていました。

 「はあー」

 ソーニャがため息をついていると、ノックの音が響いて、浪江が部屋をのぞいてきました。

 「ソーニャ?」

 「ひょえっ!?お母さん、ノックしてから扉を開ける間隔が短すぎるよ!」

 「あらあらー、お片付けサボってるわね、明日には業者さんが来るよ?」

 「わ…わかってるよ…」

 「ふふっ、やっぱり、沢渡さんの風景写真集、すごく気に入ってるのね」

 「うん、それから、沢渡さんのことをネットでも調べてみたんだ…沢渡さんは竹原市で高校時代を過ごして、はじめて写真部を作ったんだって。沢渡さんが写真家を志したきっかけは、亡くなった父親の形見のカメラ、ローライ35と、それから志保美さんという写真家だって。その志保美さんは、沢渡さんの師匠なんだって」

 「ローライ!そう、沢渡さんも最初はフィルムカメラを使っていたのね!名前は知ってるわ…お父さん…ウラジーミルさんから教わったもの、それも一方的に」

 「ははは…」

 「ウラジーミルさんはフィルムカメラのことになると脇目も振らなくなるからね。ライカ、ローライ、コンタックスを論じたかと思ったら、旧東ドイツのペンタコンだとか、旧ソビエトのフェドだとか…とにかくブランド名をどんどん並べていくもんだから、そりゃ困惑するわよ」

 浪江は昔を思い出して、天井の方を見ながら苦笑いしていました。

 「知識だけはお母さんもすっかりカメラ通に染め上げられているよ」

 「しかもね、もうひとつのケースに入っていた本、もちろんこれも広島に持っていくんだけどね…「東ドイツカメラの全貌」って本、何気なくネットで調べたら、17000円くらいする稀覯本だったのよ!」

 「イチマンナナセンエン!」

 ソーニャは今日2回目の素っ頓狂な声を出して驚き、その声に彼女自身も驚きました。

 「この本は私も目にして、いかにも希少な本に見えたから、いくらしたの、って聞いたことがあったの。そしたらお父さん、「いやこれは神田神保町で6000円だったんだ」って!ウソついてたのよ、あの人!」

 ソーニャはウラジーミルの意外な一面を見たようで、浪江につられて苦笑いしていました。稀覯本や高いものを買っておいて、値段を聞かれたら奥さんの目をはばかって安く偽る、趣味人というのは大体こういうものです。特に男は。

 「私たちって、お父さんのこと知ってるようで、意外と知らなかったのよね」




 「ソーニャちん!」

 「ナナちゃん、ありがとう、見送ってくれて」

 「いいの…広島で、元気になってね…」

 ふたりは手を握りあい、別れを惜しみました。3月27日のことでした。

 「さよなら、東京」

 浪江とソーニャは新幹線に乗って、東京を後にしました。


 「お母さん」

 「なあに?ソーニャ」

 「お母さん、ぼくは…いま、不安なんだ。広島に行かなくなって5年も経ってる。まーやんたちも、今ごろは高校生だ。そして…ウクライナ戦争のことも、北朝鮮の派兵のことも、報道で知っている」

 浪江はソーニャの膝の上に手を置きました。

 「まーやんたちが、ロシア人を嫌いになってたら、どうしよう。朝鮮人を嫌いになっていたら?ぼくはまた、攻撃されるのかな」

 「そんなことないよ、マヤちゃんや、やまとちゃん、まりんちゃん。あの子たちが、ソーニャを嫌いになるわけがないでしょう?」

 「…」


 広島駅に着いたのは12時より少し前のことで、少し雨が降っていました。

 「何これ…広島駅が大きくなってる!人が大勢いる!

 「ああ、事前に調べてたんだけど、広島駅ビルが24日に新しく開業したんだって。「ミナモア」って言うらしいよ」

 浪江はにべもなくそう言いましたが、ソーニャにとっては衝撃的で、5年という月日が長いものだと実感しました。

 「ぼくの居ない間に…広島も変わった…まーやんたちも…どんな人に、なっているんだろ…」


 さて広島駅前の荒神町(こうじんまち)の、ウラジーミルが生前通っていたカメラ屋さんを訪れると、

 「おや!浪江さんとソーニャちゃんじゃないか、大きくなったねぇ」

 と40代の店主から歓待を受けました。ソーニャは事情を説明して、キエフのカメラの修理を依頼します。

 「ああ…ウラジーミルさんのカメラか…懐かしいね、わかったよ、時間をかけてメンテナンスしてみるよ」

 「良かった…お願いします」


 それからタクシーに乗り、向洋を目指します。

 「どちらへ行かれます?」

 タクシーの運転手さんに聞かれた浪江は、「向洋の、大原寮のあるところまで」と答えました。

 「おおはらりょう?」

 「自動車メーカー、マツダの社員寮が、向洋大原町にあるのよ。大原っていわないと、向洋駅の方と勘違いしちゃうからね。ほら、ソーニャがお友達とよく行ってた、あのコンビニの近くの建物」

 「そうか、あの建物…」


 ソーニャと浪江の親子は、ウラジーミルが亡くなってから5年ぶりに、向洋の浪江の実家に帰ってきました。

 「…」

 「大丈夫よ、緊張しないで、チャイムを鳴らして」

 「…」


 チャイムの音が鳴って、玄関の扉が開きました。

 「あらー!ソーニャちゃん!大きくなったわねぇ!…浪江から事情は聞いているわ」

 「みんな待っとるよ」

 ソーニャのおじいちゃん、おばあちゃんが出てきて、温かく歓迎しました。

 「みんな?…もしかして」

 「そう、みんな。マヤちゃんも、やまとちゃんも、まりんちゃんも…呼んでおいたのよ。みんな、ソーニャちゃんのために来てくれたのよ」

 お母さんはソーニャの肩を撫でました。

 「ほら、だから言ったでしょ?嫌いなら、来るはずないわよね!」

 そして居間に入ったとき、

 ソーニャは、3人の友達に温かい声で迎えられたのです。

 「おかえり!そーにゃん!」




 福田マヤ、立川やまと、楠木まりん。5年前まで、ソーニャが広島に来るたびに遊んでいた友人たち。その友人たちの目に、久しぶりに会ったソーニャは、同世代の子としてはやつれた、いかにも薄幸の美少女といった感じで、特にマヤはソーニャの姿にそこはかとない「死の香り」を感じたのでした。


 (これは…死の香り…死にたいという気持ち…?ソーニャのことは聞いていたけど…)


 まーやんこと福田マヤ(この少女は日本人とインドネシア人のハーフで、イスラーム教徒です)はテーブルごしに、少し考えてから、重い口を開きました。

 「ソーニャ…おじいさんとおばあさんから、皆で話を聞いていたよ。…本当に、つらい目に遭ったって…」

 「…うん」

 ソーニャはか細い声で答えました。

 「ぼく、本当は死にたいんだ」

 「ソ、ソーニャ?」

 浪江が思わず困惑の声を上げました。それもそうで、ソーニャは引きこもっていた間、自殺したいという強い願望を何度と口にしていたからです。そしておもむろに、ソーニャは自分の服の袖をめくりました。

 「!!」

 3人の友人は愕然としました。ソーニャの左腕には、明らかにリストカットしたと思しきナイフの傷がくっきりと残っていたからです。

 「…でも、」とソーニャは続けます、「お母さんが、沢渡さんという人の風景写真集の本を、買ってきた。お父さんのカメラのことを思い出した。そして、みんなのことを」

 友人たちが絶句する中で、

 「ぼくの中には、まだ自殺願望が残っている。でも、みんなのことを、そして東京の友だちのことを、思えば…まだ、死ねないんだ」

 「そーにゃん…」

 「沢渡さんの写真と、お父さんのカメラが…ぼくに、希望をくれた。気違いで、ゴミのような人間で、穢れた生まれのぼくだけど…もう少し、生きてみようって」


 友人たちも、浪江も、ソーニャの祖父母も、なんと発言すればいいのか分かりませんでした。ソーニャの生きようという意思には安堵を覚えました、しかし「もう少し」ということばに不安を覚えたのです。ソーニャはまだ精神的に安定していない、その場にいたソーニャ以外の誰もがそう感じました。


 30秒くらいの沈黙のあと、マヤがその沈黙を破って、口を開きました。

 「そーにゃん。その、「もう少し」って、具体的にあとどのくらい?」

 「えっ?」

 ソーニャも、やまとやまりんも耳を疑いましたが、マヤは構わずまくし立てます。

 「まさか、その「もう少し」が過ぎたら…そーにゃん…自殺するつもりなん!?」

 「ま、まーやん?」

 「マッサン!?な、何を言い出すの!?」

 「マッサン言うな!」

 マヤはやまとに突っ込みを入れると、間髪入れずに、

 「そーにゃん…私が今から言うことを、よく聞いて欲しいんだ」

 ソーニャの目を強い眼差しで見て、諭すようなトーンの声で、訴えかけました。


 「いい?そーにゃん、そーにゃんが発達障害を持って生まれたのも、朝鮮系のロシア人の血を引いて生まれたのも、すべては創造主アッラーが決めたからなんだ、…そーにゃんは望まれてこの世に生まれてきた…それはそーにゃんも、仮にも正教会のクリスチャンならわかるはずだよ?」

 「…」

 ソーニャは黙って耳をすませています。

 「だから、そーにゃん、自分のことを、自分の生まれを、自分のルーツを、呪わないで欲しい。まして自殺なんて考えないで!そんなこと口にされたら、私たちみんな悲しいよ!?そーにゃんの人生の中には私たちの人生も入ってる、そーにゃんが自殺するなら、それはそーにゃんの中にある、私たちと、そーにゃんに関わったすべての人たちの人生を否定することなんだ、…そーにゃんのお父さんを含めて!」

 マヤは鬼気迫る表情でソーニャに迫りました、ソーニャから漂う「死の芳香」を吹き飛ばそうと、自身のイスラームの信仰とその語彙を最大限に使いに使って、必死の説得を試みました。マヤ自身の不安、ソーニャの中にある自分の人生を否定されるのではないかという恐怖を、自身の全力を込めた説得で打ち消そうとしたのです。


 「ぼくの…お父さん…」

 マヤの勢いに押されながらも、ソーニャが言い返します。

 「でも!ぼくは信心深い人間じゃない…ぼくは神様の失敗作なんだ、その証拠に、ぼくは障害児じゃないか!朝鮮人で、ロシア人で…そうだ、ぼくが生まれたことが間違い…」

 「神様が失敗するなんてことはないよ!」

 マヤが叫び、そして立川やまと(こちらはプロテスタントのクリスチャンです)もマヤに賛同して、説得に加わります。

 「そうだよ、マッサンの言う通りだよ、神様が失敗するはずない、間違いをおかすはずないよ、…私もクリスチャンだから、分かるんだ、神様は間違えないって」

 さらに楠木まりん(この少女は仏教系の新宗教の信者の家に生まれました)はスマホをいじりだしました。彼女は吃音の障害を持っているため、スマホの介助アプリをいつも使って会話しているのです。

 「う、そーにゃ、う、うー」

 そしてスマホから音声が流れてきました。

 「そーにゃんは、そーにゃんだよ、他の何者でもないよ」


 マヤはついに興奮して泣き出してしまいました。まるで強い風が吹き付けて、火が煽られたかのように、

 「そうだ…自分を殺さないでよ、自殺するのは人殺しと同じだ、自分の命だけじゃないんだ、私たちを殺すことと同じなんだ!そーにゃん、そーにゃ…!」


 「まーやん、やまとん、まりんちゃん、」

 ソーニャは何かを言いかけると、一旦押し黙って、20秒してから話しだしました。

 「ありがとう、…ぼくのことを気にかけてくれて…でも…ぼくは今は自殺はしないよ、でも…ぼくの中に、ことばでは言い表せない何かがあるんだ…暗い…真っ暗闇が…ぼくには、わかるんだ、殺人鬼の気持ちが…たくさんの人を、殺して、自分も死にたい、全てをなげうってしまいたい、そういう殺人鬼の、通り魔の、犯罪者の心が…ぼくがもし死なないとしたら、このまま、…取り返しのつかないことに…」

 「ソーニャ…?」

 「みんなの言っていることは分かるんだ、理解はできるんだ…ぼくが自殺したらみんなが悲しむ、東京のナナちゃんも悲しむって、それは分かっているのに…死にたい、殺したいという気持ちが、ふつふつと湧いてくるんだ、…ぼくを酷い目に合わせたあいつらを…皆殺しに…!」


 浪江はソーニャの中から溢れ出てくる心の闇に戦慄して、マヤに目を合わせました。

 「そーにゃん…お父さんが亡くなられてから…この5年の間に、変わった、今の私たちの手に負えないほどに。でも」

 「マッサン…」

 「マッサン言うな…いい?そーにゃん、私は、私たちは絶対に、諦めないから。絶対に自殺なんかさせない、絶対に、絶対に…」




 あの後のこと、雨の降る中を、マヤ、やまと、まりんが歩いていました。

 「どうする…マッサン…そーにゃんが、5年ぶりに会えたのに、あんなふうになっちゃうなんて…」

 やまとが下を向きながら歩いていると、

 「応援隊」

 「?」

 マヤがふと、「応援隊」ということばを口にしました。

 「応援隊だよ…そーにゃん応援隊!私たちが、そーにゃんを元気づけるんだ、二度と自殺なんてことばを、口にしないように!」

 「マッサン…」

 「マッサン言うな、これは…私たちがやらなきゃ…誰にもできない仕事なんだ!やまと!まりんちゃん!」

 マヤは真剣な表情で言い切りました。

 「イスラームの教えでは…喜びも、悲しみも、分かち合うものなんだ…私たち3人は宗教こそ違うけど、そーにゃんの悲しみを、つらい思いを、分かち合うことはできるはず!私たちは高尚な人間でも何でもない、そーにゃんの心の闇は手に負えない!でも、あの子の気持ちを共有するくらいなら…私たちだって…」

 雨の中で10秒ほど沈黙があって、

 「マッサン、いいと思う。私も、そーにゃんの苦しさを、共有するよ…絶対に道を踏み外させない、私たちがさせない」

 「うー、うー!」

 やまととまりんも賛同しました。


 「それじゃあ、」

 マヤが手を差し出して、やまと、続いてまりんが手をマヤの手の上に重ねました。

 「そーにゃん応援隊、結成だ!」

 とマヤが宣言するのと同時に、腹の音が鳴り響きました。

 「あ…そうか、マッサンはラマダンの断食中だったんだっけ」

 そうです、今はイスラーム暦でラマダン月にあたり、日が沈むまでは断食をしなくてはならないのです。ちなみに2025年のラマダン終了(イード・ル・フィトル)は3月31日です。

 「えへへ…マッサン言うな…さっきもお腹すかしてたの、我慢してたんだ…は、腹が減ってちからが…」

 「ううー」

 「マッサン…こんな始まり方で大丈夫でしょうか…」


 こうして3人は決意をして、「そーにゃん応援隊」を結成したのです。3月27日の昼、雨が降る中でのことでした。ここから、ソーニャの心の建て直しがはじまるのです。